研究情報

多施設共同研究による225人の患者を対象としたベッカー型筋ジストロフィーの自然歴研究について研究成果を報告(2023年10月26日)

20231026日に国立病院機構まつもと医療センターの中村昭則先生(BMD分科会顧問)が、ベッカー型筋ジストロフィーの自然歴研究に関する論文を発表されました。以下、論文の概要になります。

 

ベッカー型筋ジストロフィー(BMD)は、表現型や重症度が多様ですが、遺伝子型との関連性は十分には明らかにされてはおらず、心筋症のケア・治療の重要性が認知されていない現状がありました。そこで、本自然歴研究では、全国の22医療機関の共同研究として、インフレーム変異を持つBMD患者225人の骨格筋、呼吸機能、心機能、中枢神経系の各表現型(臨床像と検査値データ)及び、遺伝子型(変異のタイプ)と表現型との関係性について統計学的に分析も行いました。

被験者となったBMD患者は1~81歳で、平均年齢は約32歳でした。初発症状または診断のきっかけは筋症状(約60%)、無症候性高クレアチンキナーゼ血症(約32%)、中枢神経系障害 (約5%)の順に多く、BMD患者の約54%において歩行障害が認められ、車椅子導入時の平均年齢は約37歳でした。また、人工呼吸器導入の平均年齢は約37歳で、導入率は約7%でした。さらに、約30%以上のBMD患者の心電図において異常がみられ、心エコー検査では患者間で心機能に大きな差があり、約15%のBMD患者が心不全と診断されていました。中枢神経系障害はてんかん発作と知的・発達障害がそれぞれ約8%と約17%の頻度でみられました。

BMD患者の遺伝子型ではエクソン45-47欠失(約23%)、エクソン45-48欠失(約13%)の順に多い結果でした。エクソン45-49欠失の患者は重度の骨格筋障害を示し、エクソン45-47欠失の患者およびエクソン45-55欠失の患者は呼吸機能の障害は軽度であり、人工呼吸器の装着者はいませんでした。

本研究の成果より、遺伝子型と表現型との関係性には一定の傾向がみられ、BMDと診断されてから臨床医と患者が予防的・戦略的にケアしていくための情報の提供が可能となりました。

 

原著論文:Natural history of Becker muscular dystrophy: a multicenter study of 225 patients

論文著者:中村昭則 ら

掲載雑誌:Annals of Clinical and Translational Neurology20231126日掲載)

 

URLhttps://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/acn3.51925

Remudy通信31号でBMD自然歴調査研究の成果と当分科会の設立について掲載(2022年12月発行)

神経・筋疾患患者登録センター Remudy(レムディー)」が発行しているRemudy通信31号において、筋ジストロフィー臨床試験ネットワーク加盟 22施設の共同研究として BMD の診療に必要なエビデンスの創出を目的として実施している、診療に必要な情報提供のための自然歴調査研究(「臨床開発を目指したベッカー型筋ジストロフィーの自然歴調査研究」)について研究成果が紹介されています。また、当分科会の設立についても紹介いただきました。

難治性疾患実用化研究事業(AMED)にベッカー型筋ジストロフィーの自然歴調査研究が採択(2021年4月14日)

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)で、主に難病を対象とする難治性疾患実用化研究分野の令和3年度採択事業(難治性疾患実用化研究事業)がホームページで公表されました。

ベッカー型筋ジストロフィーの研究事業としては、「臨床開発を目指したベッカー型筋ジストロフィーの自然歴調査研究」(研究開発代表者:中村昭則 まつもと医療センター・神経内科部長※当分科会顧問)が採択されています。

筋ジストロフィー患者に対してレスベラトロールを用いた探索的治療研究を実施(2020年11月26日)

筋ジストロフィー症患者(デュシェンヌ型、ベッカー型、福山型)に対してレスベラトロールを用いた探索的治療研究を実施した結果を論文として、札幌医科大学附属病院が発表しました。

レスベラトロールが筋ジストロフィーの治療に有効である可能性が示されており、今後は、治療薬としての実用化に向けて大規模な臨床研究を実施する必要があります。

詳しくは以下のサイトをご覧下さい。

 

レスベラトロールによる筋ジストロフィー治療の有効性についての臨床研究の成果 ~長寿遺伝子の長期活性化による運動機能の向上と筋力の増加~(札幌医科大学)

世界初のBMDモデル動物 東大が作製に成功(2020年8月28日)

世界で初めてヒトベッカー型筋ジストロフィー(BMD)モデル動物(ラット)の作製に成功したことを論文として、東京大学大学院が発表しました。このラットは、ベッカー型筋ジストロフィーの病態進行の解明や治療法開発につながることが期待されます。

詳しくは以下のサイトをご覧下さい。

 

In-frame変異により短縮型ジストロフィンタンパク質を作るラットを作製~世界初となるヒトベッカー型筋ジストロフィー(BMD)モデル動物~(東京大学)

BMD患者は精神障害を発症するリスクがあることを報告(2019年12月29日)

2019年12月29日に国立精神・神経医療研究センターの森まどか先生がベッカー型筋ジストロフィーと精神障害に関する論文を発表されました。以下、論文の要旨になります。

 

ベッカー筋ジストロフィー(BMD)と精神障害の関係についてはほとんど知られていません。そこで、本研究はBMDが精神疾患のリスク因子であるかどうかを明らかにすることを目的に行われました。105人のBMD患者(年齢中央値、37歳)のうち76人(73%)に対しインタビューを実施したところ、6人は発達障害と診断されており、16人が抑うつ状態と判断されました。33/76人(43%)は学校でいじめを経験していました。実際に心理検査を実施した患者さんの平均のIQは正常範囲でした。一方13/40人(32.5%)は抑うつ状態、15/40人(38.5%)は不安状態でした。

これらの結果は、BMD患者が精神障害を発症するリスクがあることを示唆し、身体障害やいじめに対する不安が精神状態に影響を与える可能性があります。親や教師、支援者は、BMD患者の日常の生活環境に気を付けて、ストレスに対処するためのサポートしていく必要があります。

 

原著論文:Psychiatric and neurodevelopmental aspects of Becker muscular dystrophy

論文著者:森-吉村まどか ら

掲載雑誌:Neuromuscular Disorders (2019年12月29日掲載)

URL: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0960896619311137

TRPV2阻害が筋ジストロフィーの心筋症の新しい治療標的になる可能性を示唆(2018年)

2018年に国立病院機構大阪刀根山病院の松村剛先生がベッカー型筋ジストロフィーの心不全治療に関する臨床研究の論文を発表されました。以下、論文の要旨になります。

 

心不全は筋ジストロフィーの最も深刻な合併症です。Transient receptor potential cation channel, subfamily V, member 2(TRPV2)は、ストレッチ感受性Caチャネルで、傷害された筋細胞や心筋細胞では、TRPV2が細胞膜に移行し、Caの流入を促進することで細胞を傷害します。このことは、TRPV2阻害が心不全の新しい治療標的である可能性を示唆しています。松村先生らは抗アレルギー薬として広く使用されているトラニラストがTRPV2を阻害することを発見し、トラニラストの筋ジストロフィー患者の心筋症に対する安全性と有効性を評価するためにパイロット研究が実施しました。

進行期心不全の筋ジストロフィー患者2人にトラニラスト(300mg /日)を3カ月間投与したところ、心不全マーカーである脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)が減少しました。末梢血単核細胞の細胞膜上のTRPV2発現や、血中の一部の心臓関連マイクロRNA(miR-208a-5p、miR-223-3p)発現も減少しました。さらに、1年以上の長期投与により心エコー所見の改善も見られました。一方で、ワルファリンの増強、腎機能障害の悪化、心拍数の増加、心室性期外収縮などのいくつかの有害事象が認められました。

これらの結果から、トラニラストはTRPV2を阻害し、筋ジストロフィーの患者でも心不全の治療に効果的である可能性があります。注意は必要ですが、TRPV2の阻害は心筋症の新しい治療標的になる可能性があるため、先進医療による多施設臨床研究が実施されています。

 

読者の中には、こうした話を聞くと自分も飲んでみようと思われる方がおられるかもしれません。しかし、筋ジストロフィー、心不全患者での安全性と有効性はまだ確立したものではありません。また、そうしたデータ(エビデンス)を作っていくには、臨床研究に参加いただいてきちんとした管理の下にデータを収集していくことが必要です。新しい治療法を速やかに広めていくためには、患者さんの協力が不可欠なことをご理解いただければ幸いです。

 

原著論文:A Pilot Study of Tranilast for Cardiomyopathy of Muscular Dystrophy(2018年)

論文著者:松村剛ら

掲載雑誌:Internal Medicine(2018年57巻 3号 p.311-318掲載)

URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/internalmedicine/57/3/57_8651-16/_article/-char/ja

 

総説:Blockade of TRPV2 is a Novel Therapy for Cardiomyopathy in Muscular Dystrophy (2019年)

論文著者:岩田裕子、松村剛

掲載雑誌:International Journal of Molecular Sciences(2019年20巻16号 p3844掲載)

URL:https://www.mdpi.com/1422-0067/20/16/3844